目を見て伝えた「よろしくお願いします」
[前回のあらすじ:赤ちゃんは特別養子縁組に託すと決め、NICUに通った1ヶ月間。そしてとうとう養親が見つかったと連絡があり、赤ちゃんを渡す日がやって来ました]
当日、心臓がずっとバクバクしていました
シンシアさんと一緒に病院へ行くと
団体の方と養親さんが先に着いて待っていてくれました
「はじめまして」と初めて顔を合わせて
私の体調を心配してくれて
どんなお仕事をしているのか等をお話ししてくださり
とても優しそうで素敵なご夫婦でした
私は作ったアルバムをお渡しして
「○○(子の名前)を家族として迎えてくださって本当にありがとうございます。よろしくお願いします」と目を見て伝えました
絶対に泣かないと決めていたのに、声が震えて涙がポロポロこぼれてしまって堪えられませんでした
団体の方に「最後に会ってきますか?」と言われたので、会いに行くと看護師さんが個室を用意してくださって、赤ちゃんと私の最後の時間を過ごしました
時間にすると10分程だったと思います
「大好きだよ」
「絶対に幸せになってね」
「ママはずっと大好きだよ」
「産まれてきてくれて、ありがとう」
もう会えないから、顔を見ることもできないから
ありったけの言葉を沢山伝えました
そして、養親さん達の所へ戻り挨拶をして
シンシアさんと家へ帰りました
家に着くと、すぐに部屋に戻りました
言葉にならない喪失感
体からぽっかりと何かが抜けて失くなってしまったような感覚
もう会えない
もう触ることもできない
取り残されたような寂しさと悲しさと孤独感が一気に押し寄せてきました
気づけばポロポロ泣いていて、止まらなくて
赤ちゃんに会いたくて堪らなくて苦しい
次の日から、ご飯が食べられなくなりました
食欲もないし何もしたくない
ずっとベットの上で今まで撮影した赤ちゃんの写真を見ていました
お昼過ぎに部屋のドアをノックする音があり
開けるとシンシアさんでした
「栞?ご飯食べた?」と声をかけてくれました
「食べてない、食欲ない」と言うと
「食べないとダメね、カフェからご飯持ってきたよ」と
リビングに行くと温かいご飯が置いてあって
椅子に座って1人で食べ始めたら涙が止まらなくて
食べ終わるまでずっと泣いていました
何をしていても楽しくなくて
外に出る元気なんてない
私が一生懸命お腹の中で育てた赤ちゃんが
他の人の所へ行ってしまった現実を受け止める心の余裕がありませんでした
「なんで、どうして赤ちゃんは私のところにいないの」
こんな気持ちが頭の中をぐるぐると巡って、苦しくて、死んでしまいたいと思うこともありました
気持ちが沈んで、笑うこともできなくて
他の人と話す気持ちにもなれない
「なんで私がこんなに苦しまないといけないの」
「私の赤ちゃんなのに、どうしていないの」
心の中は暗い感情でいっぱいでした
シンシアさんは
「養子縁組したお母さんは皆そうなる」と言ってくれて、必要以上に声をかけたりせず見守ってくれていました
赤ちゃんの書類を整理していた時に、NICUの看護師さんが書いてくれた赤ちゃんの記録を見つけて読んでみると
毎日どんなことがあったのか、こんな仕草してました、可愛いイラストと写真を貼り付けて手書きで日記を書いてくれていました
1人の看護師さんだけでなく、他の看護師さんも書いてくれていて
ポロポロ泣きながら全て読み終わる頃には
「あの子はとても守られて、大切にされて可愛がってもらっていたんだな」と思うと
心が少しだけ楽になるような感覚になりました
次の日から少しずつ、本当に本当に少しずつ
前を向けるようになって
カフェの手伝いをしながら引っ越す所を探して…という日々が続きました
(続く)
<前回までのお話はこちらから>