ニュースレターNo.51
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ここまで5回にわたって、我が子を特別養子縁組で養親さんに託した翔子さんのインタビューをお届けしました。
翔子さんは並大抵ではない人生を歩んで来られた女性です。肉親から虐待され、大人に「守られる」経験をほとんどせずに20代半ばまで生き抜いてきたことに感動すら覚えます。それもただ生きているのではなく、しっかりと前を向いて、明るく生きようとしています。そして、誰よりも「家族」を必要としている立場にありながら、赤ちゃんの幸せのために自分から家族を手放す決断をしました。自分の状況を客観的に見る判断力と、赤ちゃんへの深い愛と、現実を受け止める強さがなければできない決断です。
本来であれば口にすることすら辛い経験を、知り合ってからの期間が決して長くはないスタッフの私に話し、そしてさらにウェブ上で公開することを許可してくださった翔子さんに、心から感謝します。
最後に、この記事に書かれていることはあくまでも翔子さんという一人の女性の経験であることをご理解いただきたいと思います。たとえば翔子さんのように虐待経験のある方がこの記事をお読みになって「自分も家庭を持つべきではない」と決心するようなことは、この記事の意図していることではありません。
勇気を持ってインタビューに応じてくださった翔子さんの思いが一人でも多くの人に届き、励ましとなりますように。
完
これまでのインタビュー記事
スタッフM(以下M):出産後、翔子さんは一時期「死にたい」とまで思っていたのに、そこからどうやって回復したんですか?
翔子さん(仮名、以下S):一人で悩まずにコミュニティがあることは大事だと思います。私の場合、養子縁組の選択を友達に批判されて傷ついたけれど、理解してくれる友達もいました。一番の親友は、「それはあなたが決めたことだから否定も肯定もしないよ」と言ってくれて、今も妊娠する前と変わらず冗談を言い合う関係です。
シンシア(妊婦さんのための宿泊施設の家主)は、私から無理にいろいろ聞こうとせず、私が話したいタイミングで話せるように待っていてくれます。自分のペースで安心して話せる相手がいなければ、今もまだ落ち込んでいたと思います。
M:死を考えるほどに思い詰める実母さんは、翔子さん以外にもきっといると思います。
S:私の場合は、養親さんとユウ君と、それぞれに手紙を書いて養親さんに渡しました。その手紙の中に、「幸せになってください」と書いたんです。それを書いた時に「生きなきゃ」と思いました。ここでもし私が死んだら死んだ理由がユウ君になります。それでは幸せになってもらえない。死にたくなった実母さんは、まず一回赤ちゃんを頭の中によぎらせて欲しいです。そしてとりあえず生きて欲しいです。
M:今もまだ辛いことはありますか?
S:施設育ちの私にとって、ユウ君は唯一の「家族」でした。その家族を失ってしまって、また孤独になってしまった、という気持ちがあります。周りの人たちを見ながら、なんで私だけいつも一人なんだろう、と思うことがあります。
M:それほどに大きな存在だったんですね。
S:夜になるといまだに泣くことがあります。でも、将来ユウ君にいつどこで会っても恥ずかしくないように生きたいと思っているので。辛い時にはそれをひたすら思い出しています。
M:辛いけれど、ユウ君の存在が翔子さんの生きるエネルギーにもなっているんですね。本当に尊いお話をしてくださってありがとうございました。
インタビュー 完
6/6 エピローグへ続く